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窓の外は少し暗い。
どことなく不吉な感じるのする灰色だ。
天気(まごうかたなき曇り)のせいだけとは思えないような、微妙な匂い。

彼女はソファに身体を横たえ、じっと外を眺めている。
いや、というよりは、窓の中にとじこめられた風景を観察している。

窓は、それが据え付けられている壁の面積から考えると、
世界地図におけるオーストラリアのように小さい。
そして白い窓枠で囲まれている。
きっちりと。
彼女の視線はほんの少しも途切れることなく、そこに注がれている。

ふと、薄青い影が横切った。
彼女が目を見開く。
















JUGEMテーマ:小説/詩
 
: 短篇 : - : - : posted by R/L
Über der Erinnerung ohne ein Foto


久々に或る曲を聞いて、
ああ、この人の作る曲は、恋をしている状態にある人間には麻薬のようだ、と思う。
仕方なく、煙草を喫った。


紫煙がゆらりと流れるのを見て、
私の思い込んでいた【大人】という定義が間違いだったんだと改めて思った。


ひとつ下の、あの人。


あの頃、あの人が私に残された唯一のひかりだった。
思うように生きることも出来ず、それをまわりのせいにしていた私を見捨てないでいてくれた、淡く暖かなひかり。
そのひかりが、私を救ってくれないことに腹を立てて。
私を強くどこかへ引いてくれないことに失望して。
私は、彼を、信じなくなった。
彼を子ども扱いして、彼の躊躇を理解できない、と蔑んだ。
そんなことを思う自分こそが、子どもだったのに。


このごろとみに思い出す。
彼はどうしているだろう。
あのまっすぐな瞳を踏みにじった私を、許してくれているだろうか。


あの頃と変わらない味の薄荷煙草の煙を深く吸い込み、そして吐き出す。
今の私だったら、彼を信じきることが出来たのかもしれない、と
愚にも付かないことを考えながら。


あの人の写真はすべて処分した。何かの拍子に目にすることが、おそろしかったのだ。
だと言うのに、この音楽は、鮮やかに彼の瞳の色を思い出させてくれる。
麻薬のように私を覚醒させるのだ。
それは、幸せなのか、不幸なのか。…わからないけれど。
決める必要も、きっと無いのだろうけれど。



煙が消えて行く先を横目で見ながら、私はぼんやりとただ音楽に耳を傾ける。
4分間の、ほろ苦い追憶に。




: 短篇 : - : - : posted by R/L
【IS EST SINFUL QUOD DULCIS】



良く晴れた、とても風の強い或る日、
彼と話しながらゆっくり歩く。


そこら中に咲き誇る桜が風に枝をしならせながら、
葩を惜しみ無く手放しているのを見つめて。


蒼穹に舞い上がり、綺羅々々とすいこまれてゆく薄紅色。


私は彼の隣りを歩ける幸せに、
心を甘く揺らしている。


ふと、弄っていた左手の薬指から結婚指輪が外れ、
私は彼にそれを見せる。
『夕方にはそれを外して遊ぼうよ』
と言う彼に、
頷いてしまいたい、と本気で思いながら何故か
『できないよ』
と返して再び指輪を嵌めてしまう私は、


散り際の桜はやっぱり美しくて胸を打つ、


とぼんやり思う。






from photolibrary






彼のことが本当に、ほんとうに好きだ。
どうしようもなく、どこにゆくこともないこの恋を、
手放すことが出来ないくらいに。









: 短篇 : - : - : posted by
【in the Perfect world】
















彼が死んだ。


と、今日初めて聞かされた。














はじめに断っておくけれど、私は彼と直接の面識があったわけではない。


彼は母の同級生の息子であり、私と同じ年だった。


それだけだ。














彼はひとりっ子で、生真面目で、親のことを大切に思っている人だった。


よく人の相談に乗って、なのに自分の事については相談の気配すら見せなかった。














彼は、自殺した。


まもなくお盆がくるという日、練炭を車に積み込み、その車で近所にあった観光牧場に行き、閉園後の敷地内をぐるぐると車で回り、一酸化炭素中毒で、死んだ。


きっちりした文字で記された遺書には、“これは殺人ではなく自殺であるので死後の検死は無用である”ということと、“ひとり息子の自分が先立っては両親の墓を守れないので、墓は作らないでほしい”ということが淡々としたためられていた。














母からの電話でそれを知った私は、ショックだった。


会ったことはなくとも、母親同士の交流から漏れ聞こえてくる彼はいまどきの青年にしては驚くほどにまっとうで、親を泣かせるようなタイプにはまったく感じられなかった。














職場について、彼は悩んでいたのだという。


五月に両親に会ったときにぽつりと、『今の職を辞めて、新しい仕事をしたい』と漏らしていた。


両親は彼の悩みの深さを知らず、『今仕事をやめて一体どうなるというのか』と言い、『そのことはまたゆっくり話そう』と彼を軽くなだめて、そして別れた。


―――彼の両親をかばうわけではなく、これは妥当な…というか、ごく平凡な反応だったと思う。


彼はそれまで一度だってそのような悩みを話したことはなかったし、『辞めたい』と漏らしたときですら、詳しいことは何も語らなかった。


不穏な粒子が空気中に混じっているのに、両親が気づかなかっただけ?


…そうではないと思う。彼のことをいつだって心配していた両親なのだ。


しかし、次に会った時には、彼はもう物言わぬ人になっていた。


冷たく、動かない屍になっていた。














彼の死は、だから断じて両親のせいではない。


…多分、誰のせいでもない。


誰かのせいに出来るくらいなら、彼はきっと死ななかっただろう。


彼は、誰のせいにも出来なかったのだ。自分の中に原因と結果を求めすぎたのだ。




















―――私は想像した。


想像することを止められなかった。














遺書を書きながら、彼の脳裏には両親の顔が浮かんだだろう。


両親のために、付き合っていた女の子(彼女もひとり娘で、婿取りを課せられていた)と別れる決意さえした彼なのだ。


遺書に両親の墓を守れない、とさえ書いた彼なのだ。


しかし両親へのどのような感情も、彼の『死んでしまいたい』という気持にブレーキをかけることはできなかった。














車に練炭を積み、一酸化炭素が充満し、彼の意識を奪うまでにはそれなりの時間がかかったことだろう。


その間、彼は死ぬことしか頭になかった。


やめようと思えばやめられたであろうその時間、彼の意思は翻らなかった。


彼の意思を翻すものは、もうこの世には何もなかったのだ。














自殺をする、積極的に自分を殺す、ということには、多分膨大なエネルギーが必要だ。


自分の体を動かす気力さえもない人は、能動的に死ぬことは出来ない。


だからよく他人は、『死ぬくらいなら…』とか『死ぬ勇気があれば…』とか言って、自殺した人を(同情をこめて)非難する。


でもそれはきっと違う。


自殺を決行するエネルギーは、生きることや変わることへのエネルギーとは根本的に別物なのだ。


ベクトルの向いた方向が違うだけの、単純なことではない。


彼は『自分の手で自分を壊すこと』にしかエネルギーを出せなかったのだと、思う。


終わらせること、終わりに出来ることが、唯一のエネルギー源だったのだと。


























私は窓を開ける。


彼が逝った夏はもうとうに過ぎ去り、目の前に広がる景色はすべてが秋色の陽に染まっている。


空にはところどころうろこ雲がかかり、蒼穹の鮮やかさを彩っている。


窓から入る風には、金木犀の香りが混じっている。


金色の稲は刈り入れを待つばかりになり、深い色合いを増している。


トンボが舞い飛び、高い空に鳶の鳴き声がこだまする。














世界は、こんなにも光にあふれていているのに。


世界は、こんなにも暖かな色に満ちているのに。


世界は、雨の日や暗い夜だけで出来ていたのではないのに。














彼はそのことを思い出せなかったのだ。思い出したいと願う気持さえ、きっと失っていたのだろう。




















解放された彼は今、この美しい世界を見ただろうか?


そこで泣き崩れる母の、悲しみに震えた肩を見ただろうか?


そうであってほしい。


絶対に、そうであってほしいと思う。




















言っても仕方のないことだけれど、…死なないでほしかった。


生きていてほしかったよ。




































: 短篇 : - : - : posted by
GIFT OF ...
 私にとって、奥田民夫という人はそれほどなじみのあるミュージシャンではなかった。ユニコーンだってそんなに真剣に聞いたことはなかったし、ソロ活動に入った時だって、ふーん、という感じだった。つまり、嫌いではないけど自分からはあまり聞かないような音楽を作る人、という位置の人だった。この曲を聞くまでは。



 『イージューライダー』をはじめて聞いたのは、夏の近づいたある夕方、女友達の運転する黒いスターレットの中だった。

 私はそのころ大学二年生で、二十歳で、困った男とどろどろに煮詰まった恋愛をしていた。

 男は私よりひとつ年上で、気前が良く、なんとなく頼れる雰囲気を持ち、時間にルーズで、大学よりもバイトに熱心で、セクシーな肩をしていて、とことん、どこまでも、どうしようもないくらいに果てしなくいいかげんで、子供のように理不尽に真剣なところもあり、憎めないかわいさのあるひとだった。

 私は彼を今までにない勢いで好きだったが、わりと厳格な家に育ったこともあり、彼のいいかげんさに付き合うのがとてもしんどかった。

 そのいいかげんさにずるずると引き込まれて、これではいけないと焦りながらも、彼の作り出す独特の退廃した空間が気持よくて出られなかった。このままじゃどこにもたどり着けないと不安になりながらも、男を好きで好きで好きでしかたなくて、でもその気持が男のいいかげんさを変える力にはなりえないことも知っていた。

 でも私も若かった。なんとか「愛の力」(………。)で彼を変えたいと、ムダな努力を何度か繰り返した。ほんと、若かったんだな。

 付き合って三年目だった。男のアパートに入り浸り、学校はおろかどこにも出かけず(おかげで私は後に半年留年の憂き目を見るハメになる)、世界はどんどんふたりだけになり、お互いに息苦しく、疎ましく、それでも相手を愛しく思っていた。でも一緒にいると、もうどうしようもなく疲れた。

 いま思えばあれは、ラストステージを迎える直前の恋人同士の典型的な姿だったのだろう。



 その夕暮れ、女友達が私の好きなカラオケに行こうと、わざわざ大学まで迎えにきた。なんとなく元気のなかった私を心配してくれたのだ。

 カラオケボックスまでのせまい旧国道を走りながら、私は懐かしく安心できるその友達のとなり、ぼんやりしていた。久しぶりに男の傍から離れてさっぱりしたはずなのに、気が変になりそうにさみしかった。空は晴れてこそいたが雲がとても多く、沈みかけた太陽からの光を受けて、重く鈍く眩しく金色に光っていた。

 車内は快適で、彼女が買ってきた変な芳香剤の匂いがそこはかとなく漂い、彼女の編集した『カラオケで唄うためのさまざまな新曲オムニバス』とでも言うべき、めちゃくちゃなラインナップのBGMがかかっていた。あまりの節操なさに、「これってカラオケ用でしょう」とすぐ気付いてしまったくらいだ。

 帰宅ラッシュにつながる軽い渋滞につかまり、ゆるゆると車を進める彼女と、「最近どうよ」みたいな何気ない話をしていたその時、一瞬の沈黙を狙い済ましたように、奥田民夫の歌声が聞こえた。

 はっとした。

 なんとなく曇っていた視界が、不意に鮮烈な色を取り戻した。夕空から落ちるアコーディオンカーテンみたいな光が、突然に目に沁みてきて胸が痛くなった。急激な変化に、目眩がしそうなほどだった。

 彼独特の変な音程、おさまりの悪いような良いような、変な曲のつくり、そして残酷で馬鹿みたいでまっすぐな、歌詞と声。

 その時の気持を言葉にするのは、ちょっと難しい。でも、

「この曲、誰の?」

そう聞きながらカ−ステレオの再生モードを勝手にリピートにした私の中では、確かに、何かが起こっていたのだ。

 『イージューライダー』という歌は、決して一生懸命ではない。なんとなーくのらりくらりとしていて、肩の力は常に抜けている。叫んでも怒鳴ってもどこかのんびり聞こえちゃう民夫の声が、その印象を倍増させている。

 よく晴れた日曜日に、どこか公園の芝生でだらしなくごろごろと寝そべっているような贅沢な雰囲気といえば良いだろうか。

 でも掛け値なしに真剣な曲だった。シンプルで強い。



 〈だらだらと続いてしまう日常、その限りのない積み重ね、それこそが人生でだからこそ難しく、人はいろいろなところで何度も真っ黒い不安に出会ってしまう。でもそれをいちいち深刻に捉えたってしかたない時のほうが圧倒的に多い、それならばその不安をどこかに放り投げて捨てさったり、あるがまま感じたままに受け入れてしまったりしたほうがきっといい〉



 こんなにも「厳しい現実」を直視していて、ちっとも逃げていないのに、ぜんぜん重苦しくなく、悲観してさえいない。肯定や否定といった判断を捨て去り、事実だけを唄う彼の声は、野生の獣のように野蛮で優しい。



 私は赦されている。

 突然の混乱がすこしひいたあと、胸に押し寄せてきたのはそんな気持だった。

そして、いかに自分が男との生活で神経をすり減らしていたかを、不毛さにやられていたかを、その時初めて知った。私はほんとうに、憔悴していたのだった。誰にも報われないしょうもない努力に、まいっていたのだった。

 私はここにいてもいい、今までしてきたことは無駄だったかもしれないけど無意味ではない、なにひとつうまく行かなかったかもしれないけれど、なにひとつ間違えてもいない。それは別にそれで良かったのだ。そして、もうその不毛な努力をやめても、誰も責めたりはしないのだ。

 疲れきった私を、『イージューライダー』が包み込んでいくのを感じていた。

 女友達に驚かれながら、私は一瞬だけ泣いた。

 男と別れたのは、それから二月もしないうちだった。



 あれから四年。私はまたもや深みにはまっている。誰にも認めてもらえない恋愛は、結構疲れるものだ。でも今日も『イージューライダー』がかかっている。前と違うところは、このCDを貸してくれたのが、恋人だということだ。それが私を奮い立たせる。

 不器用だしいいかげんに見えるかもしれないし、深く考えていないように思われるかもしれなくても、私の人生は、この曲のようにありたいと思う。それを分かち合ってくれるいまの恋人と、『あの向こうの もっと向こうへ』行きたいと思う。

 この曲を聞かない人には、わからないかもしれない。でも私たちの自由は、私たちの青春は、きっとそういうものなのだろう。




(2000-12-30作成後、改稿)










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